演出的には王道といいますか。
ただいきなりの夕立で暗くなった時とか、
洗面所でのやり取りの時の照明の使い方がいい。
洗面所のやり取りはコクーンで感じたより重要なんだなぁ。。
それと給水器ね。
コクーンだと囲み舞台だから反対側にいた人は
観にくかったんじゃないかと思う。
俳優座プロデュースの今回は前方舞台だから観やすいし
紙コップのゴミ箱への投げ入れ方でその人物の心理状態がわかるようになってる。
こちらのほうがより人間ドラマになってるし、法廷劇になってる。
「被告の少年は本当はやったのかやってないのか」と思っちゃうコクーン。
「合理的な疑いがあるものは裁かれるべきではない」俳優座プロデュース。
どっちが正しいのかはわからないけど。
翻訳の酒井洋子さんの文に
作者レジナルド・ローズがニール・サイモンに言った言葉が載ってる。
「登場人物をただどけるために退場させちゃいけない。
オフでも人生があるんだ。
だから戻ってきたら、どこに行ってきたのか、
どうして他の時でなく今戻ってきたのか、
そこを観客は知りたいんだよ」
観客が知りたいかどうかはともかく、
ローズ氏はこの作品の中に意味のないことは書いてないんでしょうな。。
登場人物一人一人の言葉や動きに意味がある。
だから舞台に乗った時に致命的な死角があってはいけないんじゃないかと。。
被告が無罪か有罪かが芝居の結末ではなくて
陪審員たちがどういう人生を生きてきて今ここにいるのか、
どんな過程でこういう評決が導き出されたのか、
有罪を主張し続けた三号の今後は・・・
みたいなことを観客に見せて考えさせる芝居なんじゃなかろうかと。
あと個人的には松橋さんがおじさんになってもなんかカッコよかったのと
グリーン先生の井上さんの声が嬉しかったので超満足。
今年もおじさんパワーは健在。