ただし説教くさくはない。
美津江が何を苦しみ、どうやって前に進んでいくか。
昭和二十三年の広島にいたかもしれない一人の女性の
心の闇と心の変遷を描いてるだけだから。
二人きりで20年間暮らしてきた父と娘。
父は娘を心配しながら死んでいった。
娘は父や友達の死にうしろめたさを感じて暮らしている。。
どっちも優しいなぁ。。。
辻萬長さんのおとったんが娘のために一生懸命でねぇ。。
幽霊なのに明るいし元気だし。
料理までするし。。風呂まで沸かすし。。
死ぬのは無念だっただろうけど
娘には幸せになってもらいたいってのがビンビン伝わってくる。
美津江の
栗田桃子さんもいいねぇ。。
紙屋町さくらホテルの時もよかったもんねぇ。。
最近知ったけど、蟹江敬三さんのお嬢さんだそうな。
今日気づいたけど、案外ハスキー声。
それとも喉痛めてたのかな。。。
友達とその母親との出来事の話、
おとったんに対して何故うしろめたく感じてたのか。
迫真の演技にちとうるっときた。。
泣いてる人いっぱいいたよ。。
なんかね。
秋葉原の事件の時、携帯のカメラ向けてたとか
笑いながら携帯で誰かに報告してたとか。。
そんなことしてた人たちに観せたいなーと思った。。
傍観してるのはまだいい。
救命処置なんてとっさに出来ないもんだもん。
犯人追っかけろなんて言わない。
刃物持ってんだから警察に任せていい。
でも携帯はないでしょ。。。
話それます。
私的な話満載なんで飛ばしていいです~
私は原爆も戦争も知らない。
物心ついた頃には平和ボケした日本だった。
でも被爆地にはみょうに縁がある。
長崎にも広島にも約3年間住んだことがある。
特に多感な時期を過ごした長崎には
たくさんの思い出と愛着がある。
長崎では寮生活をしていて
その寮監のおばあちゃん先生は原爆を経験してた。
3年間で2回、原爆が落とされた時の話を聞いたことがある。
英語の授業中にK先生が急に
「みんな、あの鐘のことは知ってる?」
と私たちに聞いてきたことがある。
福岡人の私は知らなかったけど
学校の近くにあった平和公園では
原爆が落とされた11時2分に鐘を毎日鳴らすんだそうです。
亡くなった人たちへの追悼は義務じゃない。
でも。。。
せめて年に2回。
原爆記念日くらいはちょっとでいいから
原爆の日であることを認識したい。
忘れないでほしい。。。
と思ったのであります。。。